『The Indifference Engine』を読了。

短編集を読むのは大好きなわたしでも、レビューするとなると別で、体調理由で書くまでに間が空いたりし、秋から何回か読んだ。本作は手違いで紙とKindleの両方で持っているんだけど、この内容ならむしろかぶって良かった。

タイトルは著者と円城塔共作の解説にもちらっと出ており、さらに伊藤氏の没後に書かれた岡和田氏の解説にもあるように、ウイリアム・ギブスンとブルース・スターリングの『ディファレンス・エンジン』が元。故人の大好きだった作品だそう(円城氏のデビュー作は『Self-Refference ENGINE』という。積んであるが楽しみ)。

ギブスン読みたくて読めてない、以前書いた岡崎京子の『リバーズ・エッジ』に出てきた詩も良かったので、と思っていたら部屋から1冊ギブスンの古本発見した。

最初にレビューする表題作のみラストが書いてあり、その部分の引用もある。フレーズが好きだったからだが、これから読みたい人はそこのみラストを飛ばしてほしい。


『The Indifference Engine』

Indifferenceというのは無関心な、というような意味。恥ずかしながらわたしがよく把握してない、ルワンダ内戦が下敷きとなった少年兵の話。

「ぼく」がある日学校から帰ってくると、母と妹が辱められた末殺されていた。ゼマ族のぼくは大人に混じってホア族と戦うが、突然停戦命令が下される。ぼくたちは学校に行かされ、憎いホアの奴らと机を並べ、UNICEFとかNGOがやってきて、白人の医者に「辛かったね」と分かったようなことを言われたりした。医者はみなの心に注射をするという。その注射がぼくを困った羽目に追い込むのだ。

(ここから結末に関わります)

「ぼくたち」が最初戦争に加わったのは、家族を殺されやむにやまれなかったから、憎しみのためや大人の嘘に踊らされたからだった。ラストで「ぼくたち」は戦う決意をする。今度は誰に言われたわけでなく自分たちの意思で。そこが決定的に違う。

ぼくらは行進する。
ぼくらは行進する。
彼方の街のまたたきに向かう。
生活の匂い、文明の匂い、平和の匂い。
涙が出るほどいとおしく、ぼくらが求めて止(や)まないものだけども。
それも今は昔のはなし。ぼくらは楽しくそれらを壊す。

文庫版p79

作中の少年たちは吹っ切れているようだが、一見明るい調子に騙されてはならず、もちろんこれがハッピーエンドであるはずはない。こんな風に戦いに向かっていった少年兵は、ルワンダに限らずいたのではないか。

『フォックスの葬送』

著者は小島秀夫監督のゲームをこよなく愛し、「小島原理主義者」と自らを呼んだ。「メタルギア ソリッド」シリーズの作品を多数書き、1冊は出版されている。

わたしは、2月のこのエントリ(リンク)に書いた理由で、ここまでリアルそうな戦争ゲームはうーんと思ってしまう。亡き祖父なら何と言うかなと思うのだ。わたしの過去の傷に対し嫌な反応が起きるかもしれないし。

この作品は大筋で『地獄の黙示録』に似ている気がする。映画を見たのは割と最近だが、戦争映画で印象的なのは他にある。似てると言ったが登場人物はこっちの方が魅力的な気がする。ゲームやった人の方が読んでてはまれるんだろうけど、小説だけでも十分読みごたえはある。

主人公ジャックはFOXで「ビッグボス」の名で呼ばれる男。上司ゼロはがんで余命いくばくもない。ジャックにラオスに行き、軍事訓練を現地で施すはずだったのに社会主義を吹き込んでいるというフランクを殺すようにと命令する。FOXは解体が決まった。

ジャックがビッグボスと呼ばれるのは、前に「ボス」がいたからだろう。女性で、ジャックが殺した。ラオスでの作戦中に彼女の幻が現れる。伊藤氏はこういうメランコリックな描写をうまく挟んでくる。

自分はこの風景を知っている。

「ジャック、ひさしぶり」
そういって彼女は微笑み、懐かしい、憂いを含んだ瞳をまばたいた。
ジャックは彼女の名前を呼ぼうとした。しかし、ジャックには彼女の名前をどうしても思い出すことができなかった。俺は彼女を知っている。俺は彼女を愛している。なのに、どうして彼女の名前が出てこない。ジャックは魚のように口を喘がせて、彼女の名前を肺から、心臓から、腹から、体の深奥から絞り出そうとする。まるでそうすれば萎えた記憶を引っぱりださずとも、その名前を発することができるとでもいうように。
しかし、名前は出てこなかった。 
「わたしはあなたに名前を教えていない。当然ね」
彼女が言う。

文庫版p128-129

白い花弁が舞う中での夢。後にまみえたフランクにもフランクの事情があり喪失があり、ジャックにひとつの頼みごとをした。いろんな人物のさだめが交錯する。

わたしはゲームと言えば、昔ゲーセンが栄えた頃に付き合いでだったし、コンシューマはほぼやってない。なのでRPGなどにそのような力があるのか分からないが、巻末の解説によると「かつて、サイバーパンクSFの文明批評の精神とRPGやアドベンチャーゲームの相互干渉性(インタラクティヴィティ)が、メディアと文化、そして社会をラディカルに変革すると信じられた時代があった」(『Heavenscape』)、だそうだ。

『Heavenscape』は後に『虐殺器官』に組み込まれた作品で、「ネオ・コウベから八年を経て」という言葉が出てくる。爆破でもされたのだろうのか、とても短い作品で説明はない。この街は小島作品「スナッチャー」の舞台だ。『虐殺器官』では壊滅したのはサラエボになっている。

もうググっても出てこないが、10年以上前だったかDARPAが絡んで、兵士を実際に訓練するためのゲームを作ったと読んだことを記憶している。硝煙の臭いも再現したりして。避けて欲しい応用だ。

『セカイ、蛮族、ぼく。』

珍しくコミカルな短編。蛮族は女は犯すし生肉は食らうし、家には人の首があったりする。父はまったく自分のあり方に疑問を持ってないが、ぼくはそういうことをやりたくてやってるんじゃない。「ぼく」は呑気な学園生活をなぜか送っている(かなりヘン)。朝、パンをくわえた女の子が登場したりするのだけど、ぼくにぶつかったせいで犯されてしまう。そういう描写がクスクス笑えてしまうような書き方だ。こういう設定でコメディ書いてしまうのはすごい。言っておくが当方性暴力被害者でリハビリは済んでない。そういうわたしを笑わせるのだから、余計すごいと思うのだ。

『From the Nothing, with Love』

「例えるなら私は書物だ。いまこうして生起しつつあるテクストだ」この1行目が実はトリッキーな、SFにミステリ要素が入ったような作品。

この短編集には他にもマンガ作品があり、察しのいい人なら誰の話だか気がつくのだろうが、主人公はみんな知ってる人物。わたしは気づくの遅れた。詳しくないため、よく読み返した。

主人公の資質が優れすぎていて、戦中のドイツで作られた技術で人の「コピー」を英国でも作ることにした。トップシークレットのため、女王陛下と一部の人間しかこのことは知らない。著者は英語も堪能だなと読んでいて思った。ルビに英語読みが振ってあったりし、英国民を’subject’と呼ぶ用例を初めて見た。主人公のコピーが任務で死ぬとさらにコピーが作られ、挙げ句の果てに起こったことが複雑な筋立てで語られている。テクノロジー的には興味がないわけではないが、倫理的にはやってはいけないことだ。

読者が騙されやすい、鉄道の連結部のようなポイントが何個かあり、最後にさらにひっくり返される。そしてうまいこと著者のトラップにはまるのだ。

『屍者の帝国』(絶筆)

冒頭の30分、大まかな話の枠組みが示されてさあ話が動くぞ、というところで残念なことに終わっている。円城塔が引き継いだ完成版を今読んでいるところ。長いし、映画とはだいぶ違うし、良い悪いでなくふたりの書き手の個性もやはり違うなと思いながら読んでいる。伊藤氏が書いた部分は完成版でも多分そのまま手は付けられておらず、マイクロフトがMとして登場し、「諮問探偵(コンサルタント)の弟」について話している。主人公の名前に注意。混みいっているのでスピードは出ないが、味わっている。

伊藤氏がアフガニスタンを舞台のひとつにしたのは、21世紀になっても貧乏くじばかり引かされている大変な国であるからだろうか、と思い至った。

リンクをいくつか。

すぐ下の記事には伊藤氏が亡くなった時の様子もある。最後に口にしたのはカレーだったと。食欲なくてもカレーなら食べようかなと思ったのかな。わたしも食べたくなくてもカレーなら嬉しい。

死後強まるカリスマ性 伊藤計劃 病床で10日間で書き上げた作品 (アーカイブ p1 p2

伊藤計劃:第弐位相
伊藤計劃記録 はてな版 障害者になった当初は映画などが安く見られても複雑、というのはよく分かる。

円城氏のTwitterは気まぐれなのと普段動いてるのがあり、魅力的な文章を書く人だと思って見ている。具合が悪そうなことがあり心配。

@EnJoeToh 稼動中

@EnJoh140 突然何か投稿されるかも

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